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シティズンシップを楽しむ社会づくりへ
「街づくりは行政だけが行うものではなく、市民みんなでつくり上げていくもの」と言われても、自分のこととして捉えるのは難しい、そんな現実があろう。得てして「他人ごと」になりがちな世の中で、市民が自分たちの地域で起こることを「自分ごと」と考え、市民自身で地域課題も解決していけるよう支援したいと活動する団体がある。「他人ごと」ではなく「自分ごと」で考える市民を増やすために「自分でつくるってたのしい!」というきっかけの場をつくり続ける、NPO法人 シミンズシーズ 柏木登起氏に話を聞く。<編集部より>
柏木登起 氏 NPO法人 シミンズシーズ 代表理事
みんなでつくる公共施設、公園、地域、組織
株式会社Kurokawa 代表取締役 黒川芳秋(以下、黒川): 本日は、(1)なぜ、このNPOを立ち上げたのか、(2)今はどんな状態で、これからどんなことをしていくのか、(3)これから未来に向けてどんなことをしていくのか、この3点を聞かせていただきたいと思います。
柏木さんは、ずっとNPO運営に携わってこられたのですか?
NPO法人 シミンズシーズ 代表理事 柏木登起( 以下、柏木): いえ、大学卒業後は民間企業の営業職として働いていました。今でこそ「NPOに就職したい!」という若者が増えてきて時代は変わってきたなと思うんですけど、私が働き始めた頃は、NPOに就職したいと思う人はあまりいませんでした。
私はたまたま、前にいたNPOの代表と父が知り合いで、その代表に誘われました。そこは専門家ばかりが集まって作られたNPO団体で、自営業をしている実家の顧問税理士が代表をしていたというつながりだったのです。代表から「(NPOに)人手が足らんから手伝って」と誘われたのですが、別にやりたいことがあった私は、「嫌です」と2か月くらい断わり続けました。それでも「どうしても足らへんから」ということで、「じゃあ、次の人が入るまで週3日だけね」と言って入ったのが最初です。なので最初から「やるぞ」と気持ちで入った訳ではないのです。期待を裏切ってしまってすみません(笑)。
黒川: 現在は、活動に”はまって”おられるのですよね?
柏木: まあ、そうですね。私はNPOに入って1年くらいは、別にやりたいことがあったので、NPOでそのまま活動するつもりはありませんでした。しかし「中間支援」という、NPOを支援する現場で、これまで見えていなかったことをさまざまに感じて、「このような役割も必要だな」と思いました。
1年くらい経った後、「どうせやるなら、とことんやるか」と思うようになって、ここまで来てしまったのです。楽観的なので、流れに任せるまま、という感じです(笑)。
黒川: 関わり始めて、どのくらい経つのですか?
柏木: どうやら、7年のようですね。その前に2年半ほど別のNPOにいたので、合計で9年になるかな。
黒川: 10年ほど経つと、さまざまなことを経験して、見え方も変わってくるのではないでしょうか。
柏木: 前職の営業時代もたくさんの方に会う仕事でしたが、同じような層の方ばかりで、会う人数だけは圧倒的に多いという感じでした。
しかし現在の仕事は、NPOで活動をしている方を始めとして、障がい者・高齢者など支援を受けている当事者の方、地域の自治会長、行政の職員や企業の方まで、さまざまな方と出会えます。お会いする方々の層は営業をしていた時より圧倒的に幅が広く、そこから気づきや学びなどがあり、面白いなと思います。
黒川: シミンズシーズさんは、どのようなことをきっかけに発足されたのでしょうか。
柏木: もう一人の代表理事の田中が、元々、加古川青年会議所(兵庫県)のメンバーでした。
そのネットワークから集まったメンバー10名くらいで、団体を立ち上げたのが始まりです。最初5年くらいは有給のスタッフを置くような活動ではなく、メンバーが仕事の合間にボランタリーに活動していました。
設立当初の活動は、現在もある「かこがわ市民団体連絡協議会」の発足支援でした。市民活動団体をネットワーク化したり、行政と連携を取ったりという活動が最初です。
「かこがわ市民団体連絡協議会」には、加古川市で活動している市民活動団体が80団体くらい所属しています。この組織は、徐々にしっかりと動けるようになってきましたので、途中からは「一会員」という関わり方になりました。
最初の頃は、このように市民活動団体をつなげて支援していく活動でした。その後、2006年から若者の就労支援事業を始めます。
さらに、2008年からは兵庫県東播磨県民局のある、兵庫県加古川総合庁舎内の東播磨生活創造センター「かこむ」という、公共施設の運営を始めました。現在では、学校や地域、公園なども活動フィールドになっています。
シミンのジリツを応援するNPO法人
黒川: NPO団体の支援がスタートと言うことですが、設立15年目となる現在では、活動が多岐に渡りますね。活動内容を細かく教えていただければと思います。
柏木: 団体の支援から始め、徐々にスタッフが増え、組織基盤が整ってきたのが2012年度です。その年に法人のブランディングを考え直し、法人名を「シーズ加古川」から、「シミンズシーズ」に変えました。
その時に「シーズらしさって何だろう」と考える中で、現在の「ビジョン」と「ミッション」を作りました。
何事も「誰かがやってくれるだろう」という他人ごとになってしまうことが多い今の時代、市民一人ひとりが主体的に活動することを広めていかないと、さまざまな社会問題は解決されないと思っています。
市民が主体的に活動するためには、当事者意識を持つことが必要です。そして、当事者意識を持つためには、参加して関わるきっかけがないといけない。
「じゃあ、たのしく参加をするきっかけを通じて、市民が主体的に動く仕掛けをつくろう!」というのが私たちの仕事です。
市民参加を楽しく促すことが活動なので、フィールドにはあまりこだわりがありません。そのため、活動範囲が多岐に渡っているように見えるのです。
例えば公園。これまで、市民は利用するだけのお客様でした。行政も財政難になってきている中で、ハード整備にも限界があります。「もっと遊具を作ってよ」と要望して利用するだけの市民ではなく、公園運営側に関わる市民を増やすのが、私たちの役割です。
例えば、現在関わっている公園は、老朽化してベンチも汚くあまり誰も座りたがらない状態です。一人でベンチを整備するとなると、誰もがやりたがらないけれど、みんなでワイワイ楽しいものです。そこで、ベンチのペンキ塗りワークショップを開催するなど、子どもたちも一緒に楽しみながら公園に関われる仕掛けをつくっています。このように、市民が一緒に“公園をつくる”ことを楽しめるように変えていく、それが私たちの活動です。
黒川: 市民を巻き込んでいくには、「たのしく」じゃないと、ということですね。
ところで、シミンズシーズさんのWEBサイトを拝見しましたが、「しみん」を、漢字とカタカナで使い分けておられるのはなぜでしょうか?
柏木: 「『市民』という役割をたのしめる社会へ」というビジョンに使っているのが漢字で、「シミンの自律と自立を支援する」にというミッションに使っているのがカタカナです。
誰もがいち「市民」として、その役割を楽しみながら主体的に活動する社会を作りたい、というのが私たちのめざしたい社会です。
この時の「市民」はいわゆるシティズンシップを持った、主体的に活動する市民像を示しています。しかし、現状は、みんながシティズンシップを持った「市民」という訳ではありません。私たちのミッションは多くの「シミン」を「市民」に変えていくことだという想いから、ミッションはカタカナの「シミン」にしています。
黒川: つまり、理想はビジョンに使われている、主体性を持った漢字の「市民」ということですね。
また、学校に関しても基盤を作られているようですが、どのようなことをされているのでしょうか。
柏木: 学校では、地域との連携やアクティブ・ラーニング(教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。発見学習、問題解決学習、体験学習などが含まれる)などを模索中の段階で、声をかけていただくことが多いです。
私どもも、仕掛けをつくっていく部分が一番大事だと思うので、関わらせていただいています。
例えば、兵庫県立明石清水高等学校には、「人と環境類型」という新しい類型コースができた3年間の基盤整備の時期、類型特有科目である「くらしと環境」や「コミュニティ創造」という授業にカリキュラムづくりから関わらせていただきました。
他には、昨年の例ですと、国立明石工業高等専門学校や兵庫県立農業高等学校 定時制課程に関わらせていたきました。そこで、キャリア教育のプログラムやアクティブ・ラーニングの授業を先生方と一緒に作っています。
黒川: すごいですね。学校教育に入っていくのはなかなか難しいですから。
柏木: 私どもとしてはなかなか採算の合う事業ではないですが(笑)。
学校への支援は社会貢献的な活動です。教育はとても重要だと思っていますから。
黒川: 中学・高校生のインターンシップの受け入れにも取り組まれているのですか?
柏木: はい、中学生は「トライやるウィーク」という職業体験という形での受け入れです。高校生の方が中学生よりもさらに幅広く活動してもらっています。
現場を通してさまざまな体験をして学んでいく、今の子どもたちは体験できる環境が少ないので、そんな機会になればと思って受け入れをしています。
黒川: 公共施設も運営されているのですよね?詳しくお聞かせください。
柏木: 通常の公共施設は、市民は利用するだけの「お客様」という関わり方が多いのではないかと思います。私たちは「みんなでつくる施設」を意識しています。そのため、東播磨生活創造センター「かこむ」のコンセプトは「つながる施設」にしています。
ここに来ると新たな出会いがあり、さまざまな人とつながっていく、みんなで公共施設をつくると「おもしろいやん」、「じゃあ、一緒にやろうよ」って発展していくことになるように工夫しています。
黒川: どうやって運営の機会を得たのですか?
柏木: 3年に1回、公募が出ますので、そこに申し込みました。
黒川: 「かこむ」には高校生も来ているようですね。
柏木: 彼らはテスト期間中なので、勉強をしに来ています。大学生になって、待ち合わせ場所に使ってくれたり、お母さんと一緒に大学受験合格のお礼に来てくれたりすることもあります。
日頃からスタッフが来館者とコミュニケーションを取っているからなのか、こちらは場所を貸しているだけですが、身近に感じてくれていることが嬉しいなと思います。
黒川: 不登校者の支援もしているのですか?
柏木: うちは、不登校者を支援する団体を支援する立場なので、直接的にはしていません。
しかし、不登校だった学生さんで、インターンシップに来られた方が、いろいろな方々と触れ合ったことで、学校に行けるようになったということはありました。私どもは「だれでもウェルカム」ですので、それがよかったのかも。
「もっと地域のことを伝えたい」という市民の想いが結実した加古川本
柏木: 「たのしく市民参加をうながす」の事例でお話しすると、The加古川本「Kako-Style」を作成する事業が一番分かりやすいかもしれません。
この本は「かこがわ検定」(加古川市の歴史や文化、自然や産業などに関する知識を検定し、合格者を「かこがわ人」として認定するご当地検定)の公式テキストになっている本で、1冊500円で加古川市内の書店などで販売しています。この本を1万部つくりました。実は、加古川市内に書店が9店舗くらいしかない中で、5か月で完売したんですよ。
なぜかと考えると、市民が取材したり、写真を撮ったりという関わりの中でつくられているからなのです。市民の方には作成に携わっていただく中で、「自分がつくった本」という当事者意識が生まれてきます。そうすると、皆さん、自分たちで10冊、20冊、多い時は100冊も買って配り歩いてくださるのです。プロに頼むよりも、本当に加古川が好きな人たちがつくるからこそ、温かみのある作品になりました。
黒川: 地域で手がけている、他の事業は何かありますか?
柏木: 自治会・町内会のイメージを変えたいと思っています。自治会や町内会の会議に楽しそうに行く人たちってあまりおられないですよね。そこを変えられたら、きっと地域がよくなると思うのです。
昨今、地域団体は行政の下請け的な位置づけになってしまっているケースも少なくありません。それに加え、PTA会長になった瞬間に、充て職(特定の職にある者を、別の特定の職に充てること)がいっぱい就いて、仕事をたくさん振られるなんてこともあります。そのために、会議ではあまり目立たないように、みんな下を向いていることがほとんどです。
実はある地域で、会議が楽しくなるようにワークショップを開催したら、役員になってから10か月くらい経ったある人が「あの人の声、初めて聞いた」と言ったことがありました。言いたいことや想いはあるのに、なかなか言えずにいることは多くあります。意見を言えると楽しくなっていく。地域は楽しい形にならないと成り立ちません。動員では多分うまくいかないですよね。
ジリツしたスタッフをつくる働き方
黒川: NPOを支援する中間支援団体さんの数が、兵庫県内は多いのですか?
柏木: 地域に根差した中間支援団体が多いのは、確かに兵庫の特徴ですね。
「ひょうご中間支援団体ネットワーク」を形成していますが、所属団体は現在28団体くらいです。
黒川: その特異性ですが、何かきっかけがあったのでしょうか?
柏木: やはり、1995年の阪神・淡路大震災ですね。兵庫は震災があって、NPO法ができたのは阪神・淡路大震災が契機です。
それ以前は、何か地域で課題があったら、行政が公共サービスを通じて解決するものと思われていた部分が多くありました。
しかし、震災などの大災害の時は救急車も消防車も呼んでもなかなか来ません。住民同士の助け合いで解決することが重要だ、と多くの人が思ったきっかけが、阪神・淡路大震災だったと言えます。
そんな市民の主体的な活動「市民活動」を支援する中間支援団体が、阪神・淡路大震災をきっかけにたくさん生まれました。
黒川: NPO法人の組織運営で、工夫されていることはありますか?
柏木: 私どもは「たのしい」がキーワードですので、働き方も「たのしく」と思っています。ミーティングもスタンディングミーティングとか、ウォーキングミーティングとか。
給与制度もオリジナルの「ジリツ給制度」を作りました。年功序列でもない、能力制度でもない、NPOらしい給与制度はないかということを試行錯誤して作りました。シミンのジリツを支援する私たちスタッフこそ、まず自立しないとね、と作った形が「ジリツ給制度」。さらに、サイコロを振って手当を決めたりもしています(笑)
黒川: 組織の将来的な展望はどのようにお考えですか?
柏木: 働くスタッフ、皆それぞれが個人の展望を持っています。そんな働くスタッフ一人ひとりの自己実現と、チームとしての組織のビジョン・ミッションをでの意義を両立させていきつつ、社会変革を実現したいと思っています。
そんな組織の形がどうあるべきなのかを、模索していきたいです。
黒川: 横展開はなさらないのですか?
柏木: あまり幅広くとは思っていません。それよりも、もっと今以上に地域に密着して、ローカルにと思っています。今現在、地域でまだまだやらないといけないことがあると思っています。
私どもで行った活動を、他の地域で他の団体が採用してもらえるのであれば、その時は「どうぞどうぞ」という感じです(笑)。
プロフィール 柏木登起(かしわぎ・とき)氏
NPO法人 シミンズシーズ 代表理事
1980年 兵庫県生まれ。2003年 兵庫県立姫路工業大学卒業。
会社員を経て、2006年 NPO法人 明石NPOセンターに勤務。
2009年よりNPO法人 シーズ加古川(現: シミンズシーズ)に勤務、同年6月から事務局長を務める。
2010年 神戸大学 大学院 経済学研究科 修了
2012年 一般財団法人 明石コミュニティ創造協会 事務局長 兼務
2012年 ひょうご市民活動協議会 事務局長 兼務
http://www.npo-seeds.jp/